大日本報徳社 社長あいさつ

 

「生活、考え方、価値観を報徳化する」
―榛村純一社長が私たちに遺された言葉―

(公益社団法人)大日本報徳社長 鷲山恭彦

 「あっぱれな人生」
2018年3月7日、本社社長榛村純一先生は、大動脈解離で急逝されました。この日は奥様の退院の日でした。自宅で倒れられて救急車でその病院へ運ばれましたが、施す術がありませんでした。
悲報に耳を疑い、茫然としました。お悔みに伺うと奥様は、「あっぱれな人生」と気丈におっしゃいました。その言葉で心の整理がついていく思いでした。
告別式でご子息の航一氏は、「生涯学習都市宣言、新幹線掛川駅、掛川城など、人がなかなかやれないことをやった父だが、救急車で母を迎えに行き、葬儀社の車で一緒に連れて帰るなど、これもなかなか出来ないこと」と挨拶されました。
「ピンピン、コロリ」という言い方はよくないと批判を受けて、「100歳一週間人生」と言い換えて提唱されましたが、これも当初の言葉通りを実践されました。悲嘆を超えて奥様が「あっぱれ」と言われたのも、こうした諸々への驚嘆もこめておられたのかもしれません。
榛村先生の創造的な業績の数々、そして生き方のオリジナルな在り方は、私たちに様々な想いを触発します。

「世の流れを報徳化する」
今年に入って先生は「報徳化」ということを言われました。戦後日本の変化は、民主化、合理化、工業化、国際化、情報化とさまざまに特徴づけられるが、次に来るのは「報徳化」がふさわしいというのが、先生の最期のお考えでした。生活も考え方も報徳化する。いっそうのこと、元号も「報徳」とすればよい、とも。
つまり、天道と人道、道徳と経済、以徳報徳、積小為大、至誠・勤労・分度・推譲など、報徳思想のエキスを体得し、個人、家庭、地域、会社、団体の中に報徳の流れをつくることの提唱です。

胸にピンとくる言葉で報徳を捉えよう
大日本報徳社の運動方針として、先生は、活動を「八領域」に整理され、実践指針として「四○項目」を定式化されました。
熟読しつつ、それらを自分のものにしようと考えると、やはり何よりもまず、自分にとって胸にピンとくる言葉が基軸になるでしょう。自分にとって生きた言葉こそ、日々の思考と実践の源泉になるからです。

「すべてのものには徳がある」
「すべてのものには徳がある」という言葉が、いま私の心に響いています。尊徳は神道から多くの影響を受けました。神道では八百万の神々というように、キリスト教やイスラム教の一神論とちがって、森羅万象に神が宿っていると考えるのです。尊徳はそれを摂取、転換して、あらゆるものに徳があると考えました。自然などを征服の対象と考えるような西洋思想との際立った違いがここにあります。
あらゆるものに徳が宿っている。それぞれの徳をどう生かし合うのか。多様性の中から良さと個性をどう引き出し、いかに共有しあうのか。いま社会が最も求めている方向がここにあります。
戦後民主主義の70年は、個人の自由を何よりも尊重しました。そこからさまざまな個性が開花し、多彩な能力が発展し、戦後の発展の決定的な活力を生み出しました。
現在は、高度経済成長が終わり、成熟共生社会を迎えています。ここで私たちは、その戦後民主主義を更に深め、発展させていかなければなりません。

人と人との新しい結びつきを   
その道は、「個人の自由」の民主主義から、「人と人との新しい結びつき」の民主主義への深化でしょう。共同と連帯の、より深い民主主義への発展です。
多彩で新しい結び付きによって、民主主義は深化します。一人ひとりの力が更に大きく発揮でき、より自分らしく、より個性的になり、それが更なる創造的な結び付きを生んでいく。このダイナミズムを支える合言葉こそが、「すべてのものには徳がある」でしょう。

榛村先生のこの「報徳化」の呼びかけを、私たち一人ひとりが自分の今の必要に即して受けとめましょう。そして私たちの新しい発展の契機にして行きましょう。
皆さんと共に、模索しながら進むこの決意を申し上げて、社長を拝命した私の挨拶と致します。よろしくお願い申し上げます。
                                        


鷲山恭彦(わしやま やすひこ)社長プロフィール

1943年、静岡県小笠郡土方村(現・掛川市)に生まれる。
東京大学修士課程人文科学研究科独語独文専修修了。

東京学芸大学学長(2003年11月~2010年3月)を経て、

東京学芸大学名誉教授。
2014年から大日本報徳社理事、2018年3月に第9代社長就任。
祖父は嶺向報徳社の創設者で本社副社長も務めた鷲山恭平氏、

父は本社理事で講師(農業改良普及員)だった鷲山淑夫氏。